1 はじめに
近年、コンピュータの高性能化、低価格化が急速に進み、そのことがコンピュータの普及を著しく促進している。 そして、それに対応して多種多様なアプリケーション・ソフトが開発、提供されている。それに加えてコンピュータ のマルチメディア対応、ネットワーク化が進み、利用者が対応しきれないほど多種多様な環境変化を作り出している。 価格の低下ならびに操作性の向上などにより、最近では一般家庭でのパーソナル・コンピュータの購入が増加し、コ ンピュータが身近なものになり、それと共に利用者のニーズは幅広いものとなりつつある。このように急激な社会変 化の中、いろいろなところで一般情報教育が行われている。
一般情報教育には情報機器を利用するための利用者教育と情報処理の基礎的知識を与える情報基礎教育とがある。利 用者教育の多くはパーソナル・コンピュータに初めて触れる初心者を対象に行われている。受講者の中にはすでに家庭 にワープロやパーソナル・コンピュータを所有しているものもいるが、ほとんどはキーボード操作やアプリケーション・ ソフトの基本的な利用も満足には練習できていないため、種々のアプリケーション・ソフトを利用したい気持ちはあっ ても十分に使いこなせていないのが現状である。
MS-DOS 環境は利用者にとってキーボード操作の習熟やコンピュータの基礎知識を要求したり、ソフト間でのデータの やりとりには煩雑な操作が必要なことなどのために一般の利用者にとっては操作性の悪いものであった。そのことは、 種々のアプリケーション・ソフトを利用しコンピュータを有効に利用するための学習(利用者教育)にとっては妨げで あった。
一般情報教育への導入としてのアプリケーション・ソフトを利用した利用者教育にはより操作性のよい環境が求めら れてきた。その一つの試みとして、キーボード操作に捕らわれず、アプリケーション・ソフトの基本的操作が共通し、 さらに利用者が操作しやすい OS として本学では MS-Windows を導入し、今春よりコンピュータ利用基礎教育を実施する ことにした。
MS-Windows はアイコンやマウス操作によりさまざまなことを容易に実現することができる。ファイルの移動などもマ ウスでドラッグすることにより簡単に実現できる。今までコンピュータを使ってきた人にとって自由度の多いことはあ りがたいことであるが、初学者にとっては時としては戸惑いとして現れることが実践を通じてわかってきた。この報告 では、今春から実施している MS-Windows を使用した利用者教育の中で出てきた予測のつけがたい問題点について半年間 の実践経験に基づいて紹介し、今後考えてゆかなければならない事柄について考察してみる。
2 一般情報教育の状況
現在、神戸女子短期大学は服装科、家政科(栄養士コース、一般コース)、初等教育科からなっている。本学での一般 情報教育は家政科一般コースを中心に今まで進められてきた。近年の急激な社会の情報化、教育の世界へのコンピュータ 導入の促進、さらに本学情報学習環境の整備にともない全学学生へのコンピュータ基礎教育の実施が望まれてきた。また、 本学においても情報関係以外の分野(たとえば、芸術分野ならびに英語を中心とする語学の分野)で教育の中にコンピュ ータを取り入れてゆきたいという要求が増大しつつある。広い分野にわたってのコンピュータ利用の拡大ならびに多様化 はコンピュータ利用のための基礎教育の充実を望んでいる。このような状況の中、本年度からは新しいカリキュラムが実施 されるようになり、それにともない全学学生を対象に共通教養科目として「情報リテラシー」が開講される運びとなり、 コンピュータ利用教育の全学履修が実現することとなった。
昨年度、それまでにコンピュータ実習用に使用していた NEC PC-9801 を文部省の助成により更新することができた。 現在はコンピュータ実習教室二教室に IBM の DOS/V 機をそれぞれ 55 台と 52 台配置し、それぞれの教室用に LAN サーバ を用意し NetWare によるパソコン LAN で学生に対するコンピュータ実習を行っている。OS としては MS-Windows Ver. 3.1 を使っており、アプリケーション・ソフトとしては、一般的な日本語ワープロ(一太郎)、表計算( MS-Excel ) を常時使用できるように用意すると共にその他にプログラミング言語ソフト、英語や作画のソフト等を用意している。 コンピュータ基礎教育に使用するための言語ソフトとしては Turbo C++ For Windows Ver. 3.1 を用意している。
現在、本学の在籍者数は1年生705名、2年生857名、計1562名である。それに対して情報関係のスタッフは 専任教官が2名、専任助手が1名、非常勤講師が1名の計4名となっており、このスタッフで全体の情報教育を行ってい る。ここで詳しくは述べないが、情報関係のカリキュラムの増加に対してどのようにスタッフを整備して行くかが今一つ の大きな問題になりつつある。
3 情報リテラシーと Windows
共通教養科目の「情報リテラシー」は一般情報教育の初歩的部分としてコンピュータの基本操作演習(リテラシー)を施
すことを目的として開講されている。この授業を受講する学生の多くはコンピュータに初めて触れる学生であり、実習は
電源の投入、フロッピィ・ディスクの取り扱いなどから始まる。現在、半期の「情報リテラシー」で実施している実習項目は
・DOS/V 環境の基でのタイピング練習
「美佳のタイプトレーナー」を利用したキーボード・リテラシー
・MS-Windows の基本操作
マウス操作
・Windows の簡易ワープロ「ライト」を使った基本的文書処理
日本語入力
この4月の段階では日本語ワープロ「一太郎 Ver.5 For Windows」の導入
に手間取っていたので代替えに今回は「ライト」をやむなく使用したが
次回からは「一太郎」を使用することにしている。
・表計算ソフト「MS-Excel Ver 5.0」を使った簡単な表計算
データの入力と関数を使った計算
の4つの項目からなっている。この項目からもわかるように、まず学生が身につけなければならないのが、キーボード操作
と MS-Windows の基本操作である。よく知られているように MS-Windows は MS-DOS に比較して操作が容易で簡単にソフト
を削除したり、移動したりすることができる。MS-Windows の持つ操作の容易性が時にはコンピュータを共有して行う実習
の授業においては妨げになることがある。
MS-Windows では、ワープロ、表計算などのアプリケーション・ソフトに関する基本的な操作方法がすべて共通している。 例えば、アプリケーション・ソフトを開始するにはウィンドウを開けばよい。ファイルの保存や読み込み、文字編集におい てはメニューバーより機能を選択することによって処理ができる。これらのことは、新しくアプリケーション・ソフトを 使用するとき、はじめての者にとっても基本操作についてはおよその見当がつき、基本的な操作に関係する問題は比較的 たやすくクリアする事ができることを意味している。そのため、アプリケーション・ソフトの学習はそのソフトが持つ独自 の機能を学ぶことが中心となり、効率的な学習を可能にしている。
MS-Windows ではさまざまな機能がウィンドウ、アイコン、ボタンなどの“絵”に集約され表示されているので、初心者 にとっては親しみやすいものとなっている。また、MSーWindows ではアイコンをわかりやすく整理したり、配置を自由にか えたり、画面の配色や背景の変更を手軽に行えるので自分なりに好きなウィンドウズを作り操作することもできる。アイ コンやボタンはそれが何を意味しているのか分かりやすいように工夫されているので、それ一つでパーソナル・コンピュータ をたやすく使うことができる。そのことはパーソナル・コンピュータの操作に必要な知識量の軽減につながっている。
MS-Windows 環境では操作はマウス操作が基本となっている。マウス操作ではキーボード操作のように多くのキー配置を 覚える必要はなく、クリック、ダブル・クリック、ドラッグ&ドロップと三つの簡単な操作のみでコマンドを実行すること ができる。そのため、初心者にも容易に短期間でパーソナル・コンピュータを使うことができる。例えば、今まではコマンド をキーボードより入力することによりファイルのコピー、移動、削除などを行っていたが Windows環境においてはキー入力 なしにマウス操作のみでこれらの操作を行ってしまうことができる。このことは、キーボード操作ではコマンドを入力する ことだけでも大変な時間を消費する場合が多かったが、簡単なマウス操作をマスターするだけで短時間にコマンドを実行する ことができるので、特に初期の情報教育においては無駄な時間を省きスムーズに学習を進めることができると期待される。
さらに、今までの MS-DOS 環境では複雑な操作を要したアプリケーション間のデータのやり取りは、MS-Windows において は複数のアプリケーションを同時に起動することが可能であるため、データのコピー、ウィンドウの切り替え、貼り付けの 操作で簡単に行うことができる。また、OLE 機能によりデータをただ貼り付けるだけでなくコピーした元のデータとのあいだ に“リンク”を設定し、元のデータを変更すると貼り付けしたデータも自動的に変更される便利な機能も備え付けられている。 そしてアプリケーション・ソフト間でコピーできる内容は共通のデータ・フォーマットを利用することでデータの再利用、 さらにはより多彩なデータの利用を可能にしている。それに加えて MS-Windows ではマルチメディアに対応したデータも利用 できるため、音声や動画なども自由に利用することが可能となりそれを使った音声のメッセージや動画を取り込むこともでき る。このようにこれらを有効に利用することによりパーソナル・コンピュータは単なる計算機としての範囲に止まらずさまざま な分野への利用が可能となって広がっている。
このように多くの利点を有する MS-Windows であるが、また一方、その操作の容易さ、自由度の多さがコンピュータ学習に おいて数多くの様々な問題を生起させている。すべての操作をマウス操作で簡単に行えることは時として大きな失敗を生み 出す原因になっている。例えば、必要なアイコンの削除などは行われてはならないものではあるが、本人が気が付かないうち に、あるいはマウス操作が不慣れなために誤って削除してしまうことがある。すると、アプリケーション・ソフトを起動をする ときにアイコンがなく起動できないことになる。多くの場合、削除した本人が気づかないので、次の時間にそのコンピュータを 使用する学生が「アイコンがない」というパニックを起こすまで担当教官も気が付かないことが多い。また、アイコンは ドラッグ&ドロップによって簡単に移動できる、そのためそれぞれのグループに分けられているはずのアイコンが学生の遊び によりあるべきグループになくなっていることもしばしば見かける。アイコンを移動した学生は無意識に行なっていたりお もしろ半分で移動させていることが多く、アイコンをどこのグループへ移動させたか記憶にないため、数あるウィンドウの中 から目的のアイコンを探すことは困難なことになる。このように簡単に削除してはならないものを削除したり、アイコンを移動 させることができるので、MS-Windows 環境を教育に利用する際には注意が必要である。
マウス操作は数が少ないので覚えることは簡単であるが、ダブル・クリックは慣れるまで少し時間がかかるようである。 不慣れな学生はアプリケーション・ソフトを使うためにアイコンをダブル・クリックするのだが、うまくダブル・クリックが できないためアイコンが開かれずに少し移動するだけで終わることがある。これは、ダブル・クリックができず短いドラッグ &ドロップとして操作されているのである。その結果、使用したいソフトが起動されず、時にはそのアイコンが他のアイコン と重なり合ったりして混乱する場合もある。これは、初めてパーソナル・コンピュータを使うものにとっても、操作がマウス 操作で簡単にできてしまうために本来慎重に行わなければならない操作も何気なく行ってしまうことにより生じる問題である。 この種の問題を解消するには最初の段階で確実なマウス操作を身につけることが大切である。
コンピュータの基本操作の学習時間は確かに MS-DOS に比較して短くてすむが学習が進むに従い、文章やデータ入力など キーボード操作が必ず必要になってくる。そのときに、キーボード操作が満足におこなえず作業が思うように進まないという ことは MS-DOS を使っていた時と同様しばしば起こることである。キーボード操作練習はコンピュータ操作の簡便化とは関係 なく情報リテラシーにおいては依然大きなウェイトを持っている。
また複数のアプリケーション・ソフトを使用しているとウィンドウが重なり合って、後ろ側のウィンドウの内容が隠れてし まうことがあるが、この場合でもウィンドウの概念が理解できないうちは何が起こったか分からないため元の状態に復活する ことができない場面がよく見られる。アプリケーションが一つずつしか使用できなかった環境では考えられない問題である。
初学者の心理として隣のコンピュータの画面と少しでも異なる部分があれば非常に不安になるものであり、ウィンドウの 大きさや位置、アイコンの配置など細かいことにも気にかかるようである。時として、プログラム・マネジャーのオプション の“終了時の状態を保存”が選択されており、前の授業で使った学生の最後の画面状態が保存されていることがある。次の 時間にその機械にあたった学生は悲惨で、全く周りの学生と画面状態が異なるのでどうなったのか全然わからず、最後には 泣き出しそうな表情になることもある。このようなことが原因で MS-Windows を使った一斉授業では MS-windows の個人環境 を容易に構築できることが災いとなって働き、場合によっては授業に大混乱を招くことがある。MS-Windows 環境で一斉授業 を行うときには機能を制限したり、毎回立ち上げ時の初期画面、初期状態を規格化するような工夫が必要である。このこと は Windows の持つ柔軟性を殺してしまうことになるが、元来、一斉授業においては固定性と柔軟性は相いれないものである から何を中心に授業を展開して行くかによって環境を考えることが必要である。ここに紹介したような一斉授業での問題点は 特に初心者が MS-Windows を利用する際に比較的早い時期に起こるものが多い。
4 これからの方向
上に紹介したように、MS-Windows 環境での情報リテラシーの授業において、円滑に授業を展開して行くためには、ある種 の統一的な環境を用意する必要があり、工夫を必要とする。これは、初学者の早い時期に起こる問題は些細なことであるが、 当人にとっては大変大切なことであるものが多く、後々まで尾を引いたり、学習意欲を減退させることにもつながるからで ある。また、MS-Windows 環境は個人で使用する場合に利点が生かされ、利用するものの能力に応じて利用方法を容易に変え ることができる点が特徴でもあるが、そのことをコンピュータ利用教育において有効に使って行くには、まだまだ考えなけれ ばならない多くの問題が残っている。
この他に、Windows には、ネットワークを利用した個人的な環境のウィンドウを個人が好みに応じて作成し利用することが できる Windows NT がある。基本的な操作は MS-Windows と同じであるが本人だけのウィンドウを使うことができるので他人 がアイコンを削除したり、他人の使用したウィンドウを引きずることはない。また、最近大変話題を呼んでいる Windows '95 も考えに入れておくことが必要かもしれない。
現状は、ここに紹介したような初学者の不安を取り除く目的でオリジナルな INI ファイルと GRP ファイルをあらかじめ 用意しておき MS-Windows を起動する際に *.INI、*.GRP をコピーすることによって毎回同じウィンドウが起動するよう工夫 している。これにより、起動時に異なったウィンドウが開かれることや初心者が犯しがちな必要なアプリケーション・ソフト のアイコン削除や移動などを防ぐことができる。ただ、ファイルを削除された場合にはそれを復活させる手だてはないので、 そのときのためにいつもファイルのバックアップを用意しておくことが必要である。MS-Windows での一般利用者のメリットが 複数の人数を対象とした学習という行為ではデメリットとして働くことがしばしば起こる、メリットとデメリットの置き換え が容易にできるようなシステムを MS-Windows に組み込むことができれば MS-Windows はよりよい学習環境を提供するものと 期待することができる。