キーボードリテラシーと日本語入力

浅木森 和夫、奥山 晃弘
田中 真由美、松井 由佳子

神戸女子短期大学

asakimor@kobe-wu.ac.jp, aokuyama@kobe-wu.ac.jp
mayumi3@silver.ocn.ne.jp, ymatsui@kobe-wu.ac.jp


要 旨

情報処理入門教育におけるタッチタイピング技術はその後のコンピュータ利用における基礎・基本であり、コンピュータ利用教育の初期段階での課題でもある。また、実務処理におけるコンピュータ利用の大半が日本語処理であることを考えると、日本語入力技術の習得は教育目標の一つにあげられよう。ここでは、神戸女子短期大学で行われている情報処理入門教育からタッチタイピング能力と日本語入力能力の相関について分析を行った。その結果、タッチタイピング能力と日 本語入力能力の間には良い相関が見られることが分かった。

1 はじめに

 21 世紀に向けて小中高等学校における情報教育カリキュラムの整備は短大や大学等における一般情報処理教育での内容の深化を要求しているように思われる。しかしながら、現在入学してくる学生の多くを見ると、未だしばらく、コンピュータ操作に関する基本的事項の教育が必要であると感じられる。コンピュータを様々な活動において創造的利用に供するには、その操作能力の向上が基本である。コンピュータを利用するにあたり初学者にとっての障害となっているのがキーボード操作である。特に、タッチタイピングはコンピュータを効率よく使って行くためには必修に近い条件であり、多くの教育機関でそのための訓練がカリキュラムに組み込まれ実施されている。

 ところで、実生活で最もよくコンピュータが利用されるのは、日本語文書処理である。今までは、ワープロ専用機による「かな入力」での日本語処理が中心であったが、コンピュータの普及に伴い、コンピュータを使った日本語ワープロソフト+「ローマ字入力」での日本語処理が中心となってきている。日本語のようにアルファベット以外の文字入力では、単にアルファベットだけのキーボード操作以外に文字入力のための追加操作が必要である。すなわち、日本語の入力にローマ字を使うとするとローマ字かな対応表の記憶、入力した読みをかな漢字まじり文にするときのかな漢字変換操作というようにキーボード基本操作以外の技術の習得が必要となってくる。

 日本語文書処理が主な仕事をしめる我々のコンピュータ利用環境において、日本語処理能力の向上は大切な課題である。そこで、一般情報処理教育科目の受講生のデータを基にしてキーボード基本操作能力と日本語入力能力の関係について調べてみた。

2 タッチタイピング

 神戸女子短期大学は総合生活学科、食物栄養学科、初等教育学科の 3 学科から構成されており、1 年次においてコンピュータの基本操作を習得することを目的に共通教養科目として「情報リテラシ」を開講している。この科目は、総合生活学科、初等教育学科の学生に対しては前期開講、食物栄養学科の学生へは後期開講となっている。この科目は初等教育学科以外の学生にとっては選択科目となっているが、ほぼ全員の学生が受講している。

 授業は IBM-PC を使用し、OS として Windows 3.1 を使って行っている。詳しいマシーンの構成は以前の報告を参照願いたい[1]。この授業では、Windows の基本操作、タッチタイピングそして日本語ワープロソフト(一太郎)を使った日本語文書処理を行っている。一太郎を日本語文書処理に使用する関係で、日本語入力フロントエンドプロセッサとしては ATOK を使用してい る。学生は、コンピュータの電源投入からはじめ、マウスの使い方、タッチタイピングの練習、日本語の入力そしてワープロソフトの基本操作と学んで行く。この授業では、タッチタイピングの練習に今村二朗氏のフリーソフト「美佳のタイプトレーナー」を使用させていただいている[2]。学生は、このソフトを自分のフロッピーディスクにコピーしておき空いている時間に自由に練習ができるようになってる。このソフトは、キーボードのホームポジション( A ~ L までの段)を軸に、その上の段(上一段)、その下の段(下一段)、それらの組み合わせ、すべてのキーといろいろな状態でタッチタイピングが練習できるように工夫されている。また、基本練習と共にローマ字や基本英単語の練習ができるようにもなっている。このソフトの使用状況はフロッピーディスクにログファイルとして記録される。ログファイルには、練習時間(毎回の起動時から終了時までの時間の積算)、各練習項目についての練習時間(実働時間の積算)が記録されており、学生がどれだけ練習しているか知ることができるようになっている。加えて、各練習項目について累積練習における最もよい成績が記録されるようになっており、それを調べることにより各学生の到達度を推測することが可能である。この科目での成績評価は合格ラインを設定してタッチタイピング、ローマ字入力、日本語入力の実技試験を行い、その結果によって行っている。この事は、学生の自由な時間でのタッチタイピング練習への誘導につながっている。

3 分析とその結果

 今回の分析は、平成 10 年度前期「情報リテラシ」を受講した総合生活学科、初等教育学科の学生を対象に行った。データの収集は受講生のフロッピーディスクを回収しそこに残っている「美佳のタイプトレーナー」のログを調べることと、日本語入力実技試験の成績を調べる事によって行った。ログのうちで取り上げたものは、ランダム練習( 1 分間に空白を含め正しく入力する事ができる文字数を問う)と呼ばれる練習の個人の最高値、累積練習時間、累積実練習時間である。ランダム練習の項目としては、ホームポジション、上一段、ホームポジション+上一段、下一段、ホームポジション+下一段、ホームポジション+上一段+下一段そしてローマ字練習である。タッチタイピングの実技試験合格条件として 50 文字/分 以上を課しているので、最終段階での個人成績はこの数字を越えたものになっている。

 また、日本語入力実技試験では問題文( 400 文字)を 10 分間にいかに正確に入力できるか、その入力文字数をカウントして行っている。従って、400 文字が最高である。

 また、この分析においては、提出されたフロッピーディスクの全てが良好なデータを残しているわけではなく、何らかの原因でフロッピーに正しい練習結果が残っていないような学生のデータは除いた。今回の分析に使用した例数は、提出を受けた 259 例のうち 236 例、91% のデータである。

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練習項目平均速度
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ホーム102 文字/分
上一段 94 文字/分
ホーム+上一段84 文字/分
下一段99 文字/分
ホーム+下一段84 文字/分
ホーム+上一段+下一段77 文字/分
ローマ字80 文字/分
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タッチタイピングのログより、学生の平均実練習時間は 198 分であった。各種練習項目のうちランダム練習のログを調べたところ、各段のアルファベットの入力速度ならびにそれらの組み合わせ、ローマ字の入力速度の平均値はであった。各段の組み合わせの方が単一の段よりも平均速度が遅いことが見て取れる。また、ホームポジション+上一段+下一段の平均速度とローマ字の平均速度はほぼ等しいことが分かる。図 1 にホームポジション+上一段の速度とホームポジション+上一段+下一段の速度の相関を示した。この図が示すように、各段の組み合わせの間には大変良い相関が見られた。

 また、図 2 にはホームポジション+上一段+下一段(アルファベット全体)とローマ字の入力速度との相関を示した。ローマ字入力には、ローマ字かな対応表の記憶が必要であるため、タッチタイピングの速度は速くてもローマ字入力では速度の遅い例が見られることが予想されるが、予想に反してそのような例は少なく、逆にローマ字入力がタッチタイピングの能力に勝っている例が全体の 10% 近く見られる。これらの中には、入学以前にローマ字入力でワープロを使っていてローマ字入力についてはかなりの速度を持っているが、正しい指使いを覚えていないのでタッチタイピングには弱いという例も存在した。

 日本語入力に関しては、10 分間での平均入力文字数は 296 文字であった。日本語入力とローマ字入力の相関を示したのが図 3 である。この図に見られるデータのばらつきは図 1 、2 に比較して明らかに大きい。この理由としては、日本語入力に関しては、タッチタイピングの技術以外に読みの入力からかな漢字まじり文への変換操作の効率よい技術習得が必要であり、このような単にキーボードの位置を記憶する以外の要素が、データのばらつきを作り出しているものと考えられる。図 3 において右下の一群は、ローマ字入力は速いが、日本語入力の遅い学生である。また、左上の点はローマ字入力は遅いが、日本語入力の早い学生である。

4 まとめ

 情報処理入門教育におけるタッチタイピング能力と日本語入力能力の相関について調査を行った。その結果、予想はされてはいたが、タッチタイピング能力と日本語入力能力の間にはよい相関が見られることを確認することができた。しかしながら、 10 % くらいの学生については、タッチタイピング能力に比較して日本語入力能力が極端に劣っていることが見られた。その原因としては、日本語入力はタッチタイピング以外に漢字の読みが分かることや、変換効率の良い読みの入力ならびにかな漢字変換技術の習得など、複雑な要素が関係することが考えられる。また、タッチタイピングはできないがローマ字入力はある程度こなすことができる学生がやはり同程度存在することが分かった。このような学生への面接調査によって、入学以前にすでにタッチタイピングの訓練なしにワープロを使っている学生の存在することが分かった。

 また、受講生への情報機器使用経験についてのアンケート調査によると、268 名のうち 67% の学生は入学以前に小中高校のいずれかでパソコンを経験している。また、自宅がワープロ、パソコンを所有しているかの問いには 42% の学生はワープロを 28% の学生はパソコンを所有していると答えている。これらの数値は、「情報リテラシ」での授業内容の変革を要求しているように も思えるが、授業を行っている限りにおいて、学生がすでに有する資源をより有効に活用することができるようになるためには、今までにもまして入門教育のはっきりした授業体系を確立する事が必要だと感じた。入学生の経験が多様化してくる中で、今回の分析でも分かるように不適切な知識、技術を身につけてしまっている学生に対する再教育が将来課題としてのぼってくるであろう。タッチタイピングはコンピュータ操作の基礎ではあるが、この能力をコンピュータ活用に効率よく利用するためには、他の知識、技術との連携を導いて行くことが大切であると考える。例えば、日本語入力に関しては読みの入力からかな漢字変換への有効な技術訓練をどのように指導するか等、その課題特有の技術指導を考えることがタッチタイピングの意味をより明確にすることになるであろう。

参考文献
  • [1] 松井由佳子、浅木森和夫
    「Winodows による情報リテラシー」
    平成7年度情報処理教育研究集会講演論文集 文部省・大阪大学
    (1995)51-54
  • [2] 美佳のタイプトレーナー」
    http://www.asahi-net.or.jp/~BG8J-IMMR